ジャガイモ警察。

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 フィクションにおいてどこまでリアリティを考慮して書くかは、物書きにとって永遠の課題と言ってよいでしょう。

 「リアリティがない」の一言は、簡単ながら、その筆者を深く傷つける一言になります。私も安易に使わないように気をつけてはいるのですが。

 

 そもそも「リアリティ」とはなにか。

 実はここの定義を突き詰めると、人によって結構差異があることが判ります。

 私は「物語の中で描写される色々なことに、ご都合主義的矛盾がない」こととして受け止めています。物語内で描写されている超高速宇宙航法が実現可能かどうかはリアリティ問題ではなく、超光速航法突入時の光を観測して自分の方に向かってくるのを察知することが可能だとかいう設定と矛盾する描写が問題なのです。

 この例はあまりにもちょっと「SF設定」と「矛盾点」の距離が近すぎる例ですけども。

 もうちょっと具体的な例を挙げると、ラノベにこういうのがありました。

 主人公は異能力者で(別にこれは問題ない)、化け物が都市(たぶん東京)に入ってくるのを迎撃する仕事です。近未来日本らしく、携帯電話(スマホ)を使い、拳銃を使い、バイクを使いして活躍するのですが......最後に明かされるのですが、舞台は近未来、東京(23区レベル)以外の日本がほぼ化け物によって壊滅しているという設定でした......。おかしいでしょ。

 まず、そんな状態で普通に食糧が供給されている状況がおかしい。コンビニが機能しているのがおかしい。携帯キャリアだって真っ当に機能するわけがない(携帯会社の会社組織として。ハードウェア的には動くかも知れないが)。主人公たちが仕立てのよいきちっとしたキレイな服を着ているのがおかしい。そもそも電力やガソリンがちゃんと通常どおり充分に供給されているのがおかしい。

 目を瞑ろうにもあまりに多すぎて、なんていうか......作者の日常社会に対する認識の甘さしか感じられず、途中で断念しました。この作者、服がどこでどのように縫製されて運ばれてくるか、クリーニングはどのようにされているのかどんだけ水使うのか、その水はどこから来るのか、誰が管理しているのか、そんなこと突き詰めて考えたことないんでしょうねえって感じ。食い物や電気やガソリンについてもそう。自分が見える範囲でしか日常を把握していない。

 東京がまわりから断絶したら、それ相応の社会変化、状況変化が起きるはずで、それまで以前と見間違うような(そりゃ化け物が現れるようにはなったらしいですが)日常生活が営めるはずがなく。もし営まれているのなら、それを成立させるなにか特別なシステムやものがあるはずで。そのどちらでもないってのは思考構築の怠慢以外の何物でも無いでしょう。

 

 げんなりしました。こんな作者では、細部にこだわった世界や物語は期待できないだろうな、自分の見える範囲で自分の妄想垂れ流し物語を聞かされるのがオチだろうなあと思って......。(アニメ化までされているらしいのが恐ろしい)

 

 最後の方はちょっと老害のグチっぽくなってしまいましたが。まあ、細部まで気を使って作ってある作品が好き、ってことです。

 だからといって、「ジャガイモ警察」みたいなこともしたくはないのですが。

 

 「ジャガイモ警察」というのは、中世風ファンタジー世界にジャガイモが出てきたとき、「中世ヨーロッパにジャガイモはなかったぞ!」とクレームをつけてSNSや書評ページで騒ぐ人たちを揶揄した言葉です。

 確かに現実の中世にジャガイモはありませんでした。ですが「中世風」ファンタジー世界にジャガイモがあってはいけないでしょうか? そもそも現実の中世に魔法はありませんでしたよ?

 ただ、ジャガイモがもし中世風の世界にあったとして、そのまま「ジャガイモが食卓にあるだけの中世」にはならないのも事実です。ジャガイモは、現実中世ヨーロッパでの(一般の人の)主食だった小麦より栽培しやすく、面積あたりの収穫量(カロリーベース)も多いですから。

 そうすると、どうなったでしょうか? 小麦栽培を駆逐して、ジャガイモが主食の座についたでしょうか? 貧乏人はイモを食え? 小麦が高級食材になったりして。小麦の普通のパンはちょっと高級な食材、ジャガイモの低発酵パンが中心、イタリアあたりもパスタじゃなくジャガイモのニョッキが中心だったりして。ヨーロッパ自体の人口も多くなったかも知れません。さらに栽培に手間がかからないので、農村では人手が余り、都市部に人口が移動する(土地を継げなかった次男行こうが町に行く)ことになり、都市人口が増えたり、都市の数が増えたりするかも知れません(たぶん衛生問題から、都市人口の上限は余り変わらないので、都市数が増える方向に行くと思う)。

 さらに、ジャガイモは貯蔵が利くわりにビタミンCが豊富ですから、壊血病があまり多くは起きません。ということは、大航海時代に船乗りたちを悩ませた最大の病気が無くなるでしょうから、もっと冒険航海は容易になり、早めの新大陸発見、大量移民の早期実施なども......。早めに新太陸文明とヨーロッパ文明が接触していたなら、ひょっとしたらテクノロジーの差はそれほどではなく、そのために一方的な征服と殲滅は起こらず、そこそこの友好国のままその後も存続することになったかも......とここまで考えると、さすがに考えすぎでしょうか。

 どこまで考証を進めるかはその人の趣味でしょうけど、単に「ジャガイモが食卓にある中世」に納まらないことは間違いないでしょう。

 

 「中世風ファンタジー世界にジャガイモがあること」自体は問題はないのです。「ジャガイモがあることによって、現実中世社会とどこが違っているか」が誠実に考察されているかどうか、そこが本当の論点だと思います。

 

 こういった考証がどこまでなされていれば良いのかという点には、たぶん受け手によってかなりの差違があると思われます。作者は、自分で平均的だと思われる受け手像が納得のいく程度か、それより一段階深い考証をしておけばよいのではないかと思います。

 しかしそれが食い違ったからといって、作品自体が全然ダメだということはないでしょう。その受け手に受け容れられないだけです。言い換えればその受け手さんが作者の受け手像からはみ出ていただけです。

 

 ただ、またさっきのラノベの話を持ってきますが、あの作者があれで納得すると考えている受け手像は、実際にはそんな大多数層でもないんじゃないかな......。俺にはついて行けなかった。

 

 リアリティ問題は古くてしかも未だに議題に上がる、フィクションの作り手の問題です。

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このページは、makiyamaが2017年4月22日 11:15に書いた記事です。

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